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どうもべこです!   誰もが一度は聞いたことのある長崎県のハウステンボス。   あれって佐世保市だったんですよ!   知ってました奥さん!?   どうでもいいっすね(笑)




4月21日、散歩233日目スタート!   今日は佐世保市へ!







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「とぎつ緑と海の運動公園」だっけな?笑 で起床!   ちょうど西日本ソフトボールの大会が開催されるので、急いで退散(笑)


時津から目標の佐世保市は60kmほど!   午前中の到着を目指し出発!








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長崎県の8%は大村湾。  そんな大村湾を望みながら206号線を北上します!








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北上~! って「ハウステンボス町」!?Σ(゚д゚;) ヌオォ   まさかの地名にもなっているとはおそるべし!








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途中大きな鳥居。   竜宮城に関係した神社だそうな。   スルー笑








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10時50分、今度は202号線入り!   アカン、アップダウンと向かい風で早くもめげそうだ(笑)







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10時56分、佐世保市入り!(^_^)   目の前の西海橋が境!








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西海橋から大村湾を望みます。  おぉ、見事な曇り空!(ノД`)


大村湾は琵琶湖の約半分の面積で、その特徴はなんと言っても四方を陸に囲まれた湾であること。  出口は狭い水路が2本だけ。   それでもここは”海水”なのです。   不思議だ~








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その出口の一つがここ西海橋。








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出口が狭いため潮の流れが非常に速く、大潮の日には渦潮が観測出来るそうです!(・∀・) オォ


実際、小さな渦なら幾つも見えました。








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さ、周囲を見渡すとなにやら3本の搭が。   あれぞ古に滅びた超古代文明の遺跡! と言いたいところですが、大正11年(1922年)に完成した針尾島の「針尾送信所」、無線搭なんです。   近代産業遺産と言えますね~。   高さ137~135m、大正時代にこんなのおっ建てたなんてスゲェ!


この搭は一部のマニア(誰かさん含む)垂涎の場所でして、それはこの搭が太平洋戦争の開戦合図の暗号「ニイタカヤマノボレ」を送信した搭なんですよ!   旗艦長門からの電文を有線ケーブルで受信し、ここから送信したそうです。


う~ん、歴史だ!(・∀・)   因みに現在は海上保安庁に移管され、取り壊しも検討され業者による調査が行われましたが、搭にはヒビ一つ入っていなかったそうでした。   大正時代の先端技術と、当時の人々の努力の結晶!   正式に保存が決定したそうで、良かった良かった♪(^_^)








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ささ、寄り道してハウステンボスへ!   ハウステンボス町入り!(・∀・) ヘヘ









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もちろんフリーゾーンへ!笑








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おぉ!  ホテル!








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う~ん、曇天!笑   そもそもハウステンボスって語感からサボテンでも育ててるの? くらいにしか思っていなかったので(笑)、すんごい大きなテーマパークだと知り唖然。   入場料金5千円にも唖然(゚д゚lll)


もちろんフリーゾーンで遊びます(笑)








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ゲートを潜ると……








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ミニメリー号!









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そしてサニー号!   漫画ワンピースの船っすね!   ワンピースとコラボしているようで、サニー号の乗船券が家族連れにバカ売れしてました。   しかしその乗船券を買うときの親の顔ったらねぇ(笑)   そりゃ興味ないのに大金出したくないわ(笑)









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さらばサニー号!   ワンピースは絶対最初が面白かったので、最近読んでません(笑)










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またまら巨大なホテル。








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入らないので覗き見(笑)   ちょうどキャラ交替シーン。   あまり人気無かったぞ! 頑張れ、中の人!(T∇T)


さぁびた一文払わずにハウステンボスを満喫!笑   別になにをするわけでもなく1時間半近く時間潰してしまった(;´Д`) シマッタ


目的地の佐世保目指してGo!








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14時4分、市街地近郊まで到着!   ここで皆様に一つご注意を。   佐世保市は明治時代に海軍の鎮守府(地方司令部)が設置され、以来軍港として栄えて来ました。   そしてなぜ佐世保に軍港が設置されたのか?


良港を有すること、場所が良いこと(朝鮮方面への出兵拠点に便利)、そして攻撃を受けづらい地形であること。   これらが揃い、呉・横須賀などと並ぶ主要軍港として発展しました。


しかし、この”攻撃を受けづらいこと”が厄介なんです。   入り江の奥にあり、その後背は山が聳えるってのが軍港の常識。  


 そう、行くにも出るにも坂坂坂!(T∇T)


さらにたいてい道が悪い(細い・狭い・デコボコ)ってのもなぜか共通してます(笑)   軍港=自転車の敵ってのがチャリダーの常識なんです。   以上世間一般、99%以上の人にはどうでも良い話でした(笑)







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並み居るアップダウンを退けて、14時33分ついに佐世保市駅前へ到着!   あれ? おっかしいな~。   12時までに着く予定だったんだけど(笑)








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晴れて来て、青空に教会が映える。   佐世保は米海軍の拠点にもなっているので、お祈りにでも来るのでしょうか







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なんとなく佐世保公園へ!








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米海軍の施設がすぐ側!ってことで「ここは日本?」という光景があちこちに。


さぁ佐世保の本命は別にあります!  移動移動!







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到着!   海上自衛隊佐世保史料館、通称「セイルタワー」!   帆船をモチーフにしたので、そのような愛称。   旧海軍の社交場であった水交社という石造りの建物を一部に残した建物だそうです。


ぐへへ!  ここには数多くの資料が展示されており、無料で見学可能!(・∀・)   突撃~~!


……
……


残念ながら写真撮影は不可!(ノД`)   しかし素晴らしい場所でした。   潜水艦が浮かんでいるインパクト大の呉に比べると地味~な感じは拭えませんが、ここの資料は別の意味でイイ!


世界三大提督の一人、東郷平八郎元帥(本当にスゴイ知名度なんですよ。 世界の人、特に白人に”日本の総理知ってる?”と言っても”あぁ七三分けね”ですが、トーゴーは知っている!)の直筆の書だったり、鎮守府総督時代の写真だったり(イケメンです)。  他にも山本五十六(太平洋戦争開戦時の連合艦隊長官)の直筆(戦死直前のためほぼ絶筆)、宇垣纏、古賀峯一など将軍達の直筆、海軍の制服や当時の教科書などなど。


派手さはありませんが、非常に玄人好みの展示です(笑)  いや~、いいモン見させて頂きましたm(_ _)m   さらに元海上自衛隊だった方が時折解説してくれるため楽しさ倍増。   いや、やっぱ本物は違うわ。


海軍は紳士であれ、これが旧海軍時代から続く伝統。   なので旧海軍時代より戦闘訓練のみならず、テーブルマナーや礼儀についても学ぶのが海軍。   さらに海軍は国際交流の現場でもあり、航海演習として世界を周る際に寄港した国と交流を持ちます。   そこにパスポートなんて野暮なものは無く、あるのは世界共通デザインの海軍服とセーラー服。   海の漢は広いのです。


もし自衛隊に入りたいという方がいれば、絶対に海自をおすすめします。   海に出ると日本を外の視点から見る、この資質が自然と備わるそうです。   いや説明してくれた方の受け売りですが(笑)


平時においても海軍の果たす役割(外交・救難・監視・広い視野を持つ人材育成)は非常に大きなものがある!ってことでセイルタワー完結!笑









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さぁ時刻は17時過ぎ。   204号線で平戸方面へ進みます!


本来の計画ではツーリングマップル情報により、佐世保市から5kmほどにある「花みづきSASPA」という施設に泊まるつもりでした。  温泉旅館ですがなんと「24時間入浴可・仮眠室あり!」と書いてあったので。   ○日お風呂入ってないし願ったり叶ったりな施設ジャン!と思いました。


が、世の中そう甘くありません。   電話したところ「数年前に仮眠室閉めちゃいました♪」だって(笑)


マップルさんに騙され、疑いを持ち、確認するようになって初めて一人前の旅人と言えるでしょう(笑)   事前にわかっていたので落ち込むことなく北上北上♪(・∀・)








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19時17分、道の駅「昆虫の里 たびら」に到着!   しっかし、アップダウンばかりでしんどー!   長崎市は坂の街として有名だからわかっていましたが、長崎県自体が坂ばかり。  やめて(笑)


あぁ、温泉は入りたかった(笑)




明日はオランダの街平戸、そして唐津まで!





走行時間  6時間39分
走行距離  105.6km


累計走行距離  11880.9km








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どうもべこです!   長崎、見所たくさんで堪能していますが、長崎はこれを抜きに語れません。   昭和20年(1945)8月9日、午前11時2分。   米軍はこの日、人類が手にした最凶の力、核の力をもう一度人間に対して開放しました。


米爆撃機B-29「ボックスカー」より投下されたプルトニウム型原子力爆弾「ファットマン」は長崎市浦上地区の上空500mで炸裂し、0.2秒後には直径200mの火球を形成。   爆心地周辺は秒速数百mの熱風が吹き荒れ家屋を吹き飛ばし、地表面の温度は爆心地で3,000度から4,000度、1キロメートル離れたところでおよそ1,800度、1.5キロメートル付近でも600度以上に達した。


これにより当時の長崎市の人口24万人のうち、じつに73,884人が死亡し、74,909人が負傷。  たった一発の、人間が造り上げた爆弾がこの想像を絶する惨状を引き起こし、「原子野」と呼ばれる光景が広がったそうです。



長崎の原爆、これも絶対に忘れてはなりません。




4月20日、散歩232日目スタート!   今日は長崎原爆資料館を訪れます。







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前日に続き、水辺の公園で起床。   場所が場所なので起きて速攻で片付けて出発!   気になるのは雨で、今日の昼前から降る予報。   少しは進みたいぜ!







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206号線へ進む途中で長崎駅。   そういや駅撮ってなかったから、どうせなので(笑)








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7時58分、平和公園近くにある防空壕へ到着。   原爆投下後、多くの患者が安置されたそうです。








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まずは平和公園へ!   この平和の泉は、原爆投下後、水を求めて彷徨った人々を想い、造られました。







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そして平和記念像。  天を差した右手は核の脅威を、水平にした左手は平和を、軽く閉じた瞼は戦争犠牲者の冥福を祈っています。   しばし祈りましょう。


公園のすぐ近くには原爆の資料館があるので、そちらまで移動。






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爆心地横に移築された、「浦上天守堂(教会)」の壁。   浦上天守堂も被爆し、原形を留めぬほどに破壊されてしまいました。   現在は再建されましたが、かろうじて残った部分はここと資料館の中に保存されています。


原爆の惨禍を伝える貴重な遺構です。








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被爆当時の地層もありました。   瓦や茶碗などが散乱








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8時30分の開館とともに入館。   この先も写真を撮るのはOKですが、どうも展示品は撮る気にはなりませんでした。   どなたかが使っていたものかもしれませんしね。   かわりにこの目にしかと焼き付けて参りました。


原爆の惨状に関しては、、、広島の資料館でもいいので是非一度ご覧になってください。   私がウダウダ書くよりも、ご自身の目で見たほうが絶対に良いですから。


なので、自分はどうしても疑問に思うことを書きます。   原爆と聞いて「広島!」とは日本人なら100%答えられるでしょう。   しかし、広島より先に「長崎!」とは出てきませんよね。   この差ってなに?と思うのです。


この差は、「象徴の有無」にあると思います。   広島には世界遺産の原爆ドームがあり、誰もが写真・映像を通してその姿を知っています。   そのため「原爆 → 原爆ドーム → 広島」と思考回路が働きます。


翻って長崎は??  ………残念ながら象徴は思い浮かびませんよね?  強いて言うならば平和記念像ですが、あれは被爆した遺構ではありませんからね。   この”強烈なインパクトを持った象徴の不在”が長崎が忘れられてしまう要因でしょう。   ぶっちゃけ日本において、長崎に原爆落とされたって話、わからない人多いのでは?   憂慮すべき事態です。


先ほど見ました浦上天守堂の遺構、言葉は悪いし、気持ちを悪くする方もいるかもしれませんが、これこそが”長崎の象徴”として遺すべき遺構だったでしょう。   実際、原爆資料保存委員会や浦上天守堂の再建に対し「貴重な被爆資料である天主堂は保存したいので、代替地を用意しよう!」と持ち掛けましたが、当時の司教はこれを拒否。   市長も米国セントポール市との姉妹都市締結を機にアメリカとの関係を重視。   市議会において撤去・再建を可決してしまいました。


というのがwiki情報。  でもこれってホント?   ここで情報を整理しましょう。   この遺構を残すことによって一番被害を被るのはダレ?


考える間もないですね(笑)   他でもないアメリカ様でしょう。   だって自国においても信者の多いカトリックの教会をふっ飛ばしたのですから。   さらに都合が悪いのは、被爆当時「告解」と呼ばれる、神に罪の赦しを得る儀式を行っておりました。  そのため神父と40名もの信者が下敷きになり、全員亡くなりました。


また、キリスト教禁令発布、その後の島原・天草の乱によってその信者たちは根絶やしにされ、以後200年もの長きに渡って、お上の目を掻い潜りつつ隠れキリシタンと呼ばれる方々がその信仰を続けていきました。   明治になってからの禁教令撤回により、隠れキリシタンの存在が明るみに出た場所こそ、この浦上天守堂。   当時の教皇をもってして「奇蹟」と言わしめた、非常に歴史的な教会なのです。


この浦上天守堂を遺す、というのはアメリケ~ヌ様にとって非常に都合の悪い出来事なんですわな。   そう思ってググッったら一発で出ましたね(笑)   予想通り過ぎてあははのは( ̄▽ ̄)


当初は反対派だった市長、アメリカからの帰国後「突然」賛成派になったそうな。   なんらかのくろ~い、巨大な力が働いているのはほぼ間違いないでしょう。   情けないことですが、日本がアメリカからやられた原子力の被害とその遺構、今度はそれをアメリカ様の都合で取り壊しちゃったのです。



まぁいまさらなにを言っても後の祭り。   せめて資料館の中に壁があるだけでも良い、としなければならないでしょう。   また、壁以外にも被爆した石像が数点あるのですが、、、あれを見たらキリシタンは絶句するでしょうね。   信者ではない私でさえ、物言わぬ石像故におぞましさを感じました。

いっそのこと爆心地に残った遺構を取り入れて再建したいですね。   惨状を取り入れて。



で、この話をどこに活かすかと言うと、2年前に起こった東日本大震災なんですよね。   いま次々と津波を受けた建物が取り壊され、更地になっています。   テレビで見た方も多いと思いますが、陸に揚げられた漁船。  あれも解体の動きが進んでいると聞きました。


地元の方は当時の記憶を呼び覚まされてツライでしょうが……  それでも絶対になにかを遺すべきです。  一本松もダメになったようですし。   ”象徴”がないと、どんな大規模な震災だったとしても人は忘れてしまう。   長崎の二の舞はごめんです。




さ、これにて長崎原爆資料館終了!   時刻は10時半、おそるおそる外に出ると、、、
 








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アウチ!(ノД`)   降ってました


急いで移動!







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11時前、マックに退避完了!   そして雨は本降りに!


13時、止まない。  マックで買い足す(笑)


16時止まない


18時止まない


ダメだこりゃ(笑)   結局20時までマック滞在。   一日は24時間。   3分の1以上マックで過ごしてしまいました!   マックさん、本当にありがとう!( ̄▽ ̄)








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移動し、21時48分、時津(とぎつ)の「とぎつ海と緑の運動公園」に到着!   今日はここに泊まります♪(^_^)




明日は佐世保へ!   またまた趣味の街です!笑







走行時間  1時間16分
走行距離  16.4km


累計走行距離  11775.3km








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端島、、、長崎港から南西約18kmの沖合いに位置する島。   海底炭鉱を有するこの島は、良質な石炭を供給し日本の高度経済成長を支えるものでした。   炭鉱都市として栄華を極めたこの島は、人口密度世界一となり、人々はここで暮らし、死んでいった。


時代は変わりエネルギーが石油に転換されるつれ、その立場も変わり、1974年に黒字でありながらも閉山。  そして最盛期には5300人もの人々が暮らしたこの島は、同年4月に無人島となり、いまでは無人の廃墟と化しました。


かつて繁栄したこの島を、人はこう呼ぶ。  「軍艦島」と。




どうもべこです!   シリアス過ぎて笑っちゃう(笑)   4月19日、軍艦島編スタート!   今回も盛り沢山っすよ~!(・∀・)b






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13時20分、軍艦島へのツアーのため長崎港の大浦へ。   寝ていた水辺の公園の隣で苦笑い(笑)


軍艦島は個人では行けず、一般ピーポーはツアーに参加しないと行けません。   ってことで、今回は「軍艦コンシェルジュ」というところに参加。   他数社もツアーを組んでおり、金額もたしか一緒。   好みと直感で良いと思われます。







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13時30分より乗船開始!   頼むぜ、マーキュリー号!   

14時前に出港!   うぉぉぉ!  むっちゃ楽しみだぞ~!






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先ず目に飛び込んでくるは長崎港!   早速趣味人にはたまらないエリアに突入!笑


長崎には世界に冠たる大日本帝国(だった)時代の三菱重工造船所があり、そこの歴史もまたね、、、たまらんのですよ!笑


ってことで初っ端からエンジン全開!   まだ軍艦島に到着してないけど、すでにメインディッシュは始まっているのですよ!笑






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あれは150トンクレーン!(だと思う!)   通称「ハンマーヘッドクレーン」

明治42年に英国より購入。 明治ですよ、明治。  それが未だに現役で稼動しているのです!   アカン!  すでにテンションMAX!笑


あのクレーンは戦艦「日向」「霧島」などのエンジンも積んだ、と言われています。   感涙モノです(ノД`)







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お次は修理? 改装?中のイージス艦が停泊していました。  最近は弾道ミサイル迎撃で話題沸騰な艦ですね。







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さらに2隻の護衛艦。   右117は「すずつき」と言い、この造船所で建造中のお船。   この長崎造船所、この造船所で建造する船のうち、なんと一割が自衛隊さんのお船。   また魚雷生産設備もあり、日本を守る重要な場所ですわ!









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そして長崎名物!?、ガントリークレーン!(門型起重機)   こちらもタンカーを建造中。   こうして見ると、戦艦大和建造の際に編み出した「ブロック工法」がよくわかりますね。   あらかじめ別々に造ったパーツ(写真の場合、艦橋部分)を後からブロックのように積むのです。   工期短縮♪







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そしてそして! 第2バースが見えて参りました。  こちらはあの当時世界最強の戦艦にして、やっぱり宇宙は飛べなかった大和型戦艦の2番艦「武蔵」を建造した場所なんですよ!   お隣の第一船台では戦艦「日向」「霧島」「土佐」などが建造され、長崎はホント日本の歴史深い場所なんですわな~


感動(笑)   ホントこの時点で満足してしまうくらい楽しかった(笑)







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ずんずん進み長崎港とお別れ!







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橋を潜り~(名前忘れた笑)








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さらに三菱の工場を横切り~(長崎で三菱の悪口はご法度です笑)








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いざ外洋へ!   ご覧の天気!   当日予約してホント良かった!笑   波は意外と高く、けっこう上下するもの我慢できる範囲。   というか積極的に楽しい!(・∀・)   アホで良かった(笑)








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おぉ!   ついに端島が見えた~~!








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接岸のため接近!







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すげぇ!   なんだこの人工島は!( ̄△ ̄;)


というかこの姿、重巡高雄型に見えるんだよな~。 城郭のような艦橋に、ビルが煙突部に見える。  見れば見るほどそっくり!


はい、脱線すいません(笑)








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14時30分、接岸!   下船開始!







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下船して当然写真を一枚、、、と思いますがガイドさんから容赦のない(つーか当然のお願い)「前に進めやゴラァァァ!」の拡声器攻撃を受けます。   ここは団体行動!  大人しくガイドさんの言うとおりにしましょ!







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とりあえず第一見学広場に着き、そこで撮る!撮る!   うぉぉぉ!   無人の廃墟なんだけど、な~んか不思議な魅力がある!   ガイドさんの説明を聞きながら見学します。







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正面にドーンと聳え小高い山が、端島のアクセントになっています。   端島は6回も拡張工事を行った島ですが、この山は最初からあるもの。   真の端島、ですね!







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逆光ですが、この中に竪坑坑道入り口がありました。







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門が連なっている部分、あれは石炭を貯蔵する貯炭場まで運ぶ、ベルトコンベアー跡。







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先ほどの山にトンネルが。   説明を受けている広場は運び出されてきた石炭を選別する場で、良い石炭は先ほどのベルトコンベアーへ。   いらない子は海へ…… しかしこちら側の海は大事な船着場のため、じゃあ反対側に捨てようぜ!と山を貫通させて向こうの海まで捨てていました。   VIVA効率化!







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高台に建つアパート 3号棟。   日当たり良し、風通し良し、見晴らし良しと3拍子揃ったこのアパートは、三菱社員の課長以上(だったと思う!)しか入居出来ない端島の高級住宅!   人口過密のこの島にあって、6畳・8畳×2・キッチン・個人宅お風呂付!とちょー贅沢な間取り。


いつかは3号棟へ! が皆の合言葉だったり、と妄想(笑)








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70号・71号棟。 そして左の黒いアパートは有名なコの字型アパートの後姿。


この70・71号棟にも端島ならではの建物で、この端島はとにかく人口過密で建物が密集。  そこに余分なスペースはなく、ある問題が浮上。   学校どうすっぺ?(;´Д`)


これに対する端島の華麗なる回答が、「70・71号を学校にしちゃえ!  ついでに65号の屋上に幼稚園乗せちまえ!」なのだ!( ̄▽ ̄)   人間、置かれた環境になったらなんとかしちゃうものですね♪







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さぁお次は第2広場へ。







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鉱山の総合事務所跡。   この島唯一の赤煉瓦は、コンクリートの塊とも言うべき端島にあってひときわ目に付き、暖かみを感じる色です。   この中には工員たちのための大きな浴槽があり、坑道作業で真っ黒になった工員達の命の洗濯を行った場でした。








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事務所よりちょい右の階段が第二竪坑入坑桟橋。  「命の階段」などとも呼ばれていたそうで、ここから作業場である地下1000mの気温30~40℃、湿度90%以上という過酷な作業場に向かう。   そして無事に帰って来たときは太陽を拝み、生を実感するのでしょう。


事故によりこの階段を生きて降りれなかった方は数百名。   炭鉱マンは命懸けなんですね……







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山の上には給水搭。  デカイ蛇口みたいだ!(・∀・)








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台風直撃により破壊された防波堤。   おそろしや…


しかし端島の人はタフ。  大波観光なんてのもあったそうです。 タフすぎ!笑







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最後の第三広場!








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黒いアパートが有名な30号棟。   あれは1916年に建てられた日本初の鉄筋コンクリート造りのアパート!   いまだ建っているだけでもすげぇな!


端島は数千人もの人々が生活しており、病院・学校・寺院・娯楽設備(映画、スナック、パチンコ、理髪店など)・商店などなど、ほぼ全ての設備を完備。 ないのはお墓と火葬場(そのため中ノ島という島に墓地を造った)だけ。   テレビの普及率も高く、いかにここが日本に役立ったかがうかがい知れますね。






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アパートとアパートの間には階段が張り巡らされ、子供達の絶好の遊び場になったそうです。  あそこでもそんな光景が広がっていたのでしょうか?


さぁこれにて島内見学終了!   船まで戻ります。








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この景色を目に焼き付けつつ、、、







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離岸!   この護岸に囲まれた姿が軍艦島の所以に一役買ってますな(・∀・)


さぁ!   まだ終わりません!笑   今度は船で島を一周です!   長くてスンマセン(T∇T)








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正面右に見えるは病院と隔離病棟。  しばしば下痢が流行るため、隔絶された島、という特殊環境では必要な施設だったのでしょう。







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護岸が、右になるにつれ高くなっているのがわかりますでしょうか?   外海側は10mの高さがあるそうです。







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荒波に晒される護岸壁はボロボロ。   写真中央奥に見える一際高い建築物が、コの字型のアパート65号棟。   端島で一番人気の物件で、住居数は圧巻の317部屋!   千人以上があそこに居たのでしょうね~







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見てください!  この密集具合!(;´Д`) オォ   しかも海側は高波時に飛沫を被るという素敵物件。
 






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ホント以上ですね、このアパート。   アパートのある島なのか、アパートが島なのか、、、


いやアパートのある島ですけどね(笑)  そう思ってしまうくらいの乱立っぷり







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写真中央ちょい左下、大き目の穴が見えますでしょうか?   あそこが「ボタ」、廃棄物を捨てる穴です。


貫通してここまで伸ばし、建物も貫通(笑)   端島ってホントパワフル!



そして!   軍艦島の由来となった、戦艦土佐に見える!というポイントまで連れて行ってもらいます!   唸れ!  マーキュリー号!(・∀・)







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お!







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おぉ!   確かに戦艦っぽい!   高層アパートが乱立する前はさらに土佐っぽかったそうです。


戦艦「土佐」?  えぇ語りますとも(笑)   でもこの由来は長崎に関係したものなんですよ。   土佐は加賀型戦艦の2番艦として1920年に三菱長崎造船所で起工。   しかしこの時の日本は「八・八艦隊計画」という戦艦8隻、巡洋戦艦8隻を持とうぜ!という計画をぶち上げ、実際にその建造に着手しました。


しかし時は大正、日本は貧乏国。   計画を遂行するには毎年国家予算の半分を軍事費に注ぎ込み、さらに本当に16隻建造したら維持費だけで毎年国家予算の30%以上かかっちゃうというアホンダラ計画。   当然日本はイギリスが呼びかけた軍縮会議のテーブルに着き、ワシントン海軍軍縮条約を結ぶと。


そして建造中だった「土佐」は廃艦が決定し、悲しまれながらも標的艦となり、貴重なデータを日本海軍に残して沈んだのでした。


はい、ここで端島に戻ります(笑)   そのことを思った新聞記者が「端島は長崎で建造された土佐に似ていますね」と言ったのが軍艦島の所以なのです。   うん、満足♪笑








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今度は正面に周ります!







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ドルフィン桟橋を見て、、、







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やっぱ高尾型に似てるな~と思いつつ(笑)







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正面!   なんつ~か、ラピュタに登場する要塞を思い出しました(笑)


これにて軍艦島ツアー終了!   2009年に「九州・山口の近代化産業遺産群」というどこからどこまでだよ、と突っ込まずにはいられない名前で世界遺産暫定リストに登録された端島。   いまもなお崩落は進んでおり、その姿は少しづつ変わっているようです。


明日見れば、今日とは違う軍艦島。   そこに一歩踏み入れると昭和にタイムスリップでき、廃墟の中にも人の息遣いを感じる不思議な場所。   今後もこの貴重な場所が遺されることを切に願います。



余談ですが、激動の昭和を支え、ここ端島で多くの人が暮らしの糧とした「石炭」。   最近その石炭が見直されつつあります。   最新式の石炭発電所はクリーン且つエネルギー量もなかなかのもの。   安定して安価に輸入出来るし、いつか日本でも再開されないかと密かに楽しみにしております。  まぁ日本じゃ無理か(笑)








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帰り道。  まさにタンクのための船。   目的のために、徹底的に無駄を削いだ姿。   これが機能美ってやつです!(・∀・) 萌え~







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16時22分、長崎港に戻って参りました!   そしてようやくこのクソ長いブログも終わり!笑   皆様、お付き合いありがとうございましたm(_ _)m







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戻ってまずは福沙屋のカステラ購入!






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うんめ!   ザラメが美味しさを一層際立たせてくれます♪   ついつい2切れ、3切れ、4切れ、、、笑


その後は21時30分までマック~( ̄▽ ̄)    そして前日と同じ水辺の公園で野宿~



まさかの長崎2泊!   明日は長崎の原爆資料館へ。




走行時間  1時間14分
走行距離  13.4km


累計走行距離  11758.9km








お読み頂きありがとうございます。   


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